監督の北田直俊は一見、元ラクビー選手かと思わせるようなイメージがある。花園ラクビー場で泥まみれの
ラガーシャツに身を包み、ボールを抱えて走り回っている姿がよく似合いそうだ。が、実際はスポーツが大嫌
いな運動オンチなのだそうだ。では、その頑健なボディにいかにしてなったのか?
それはすべて工事現場の 肉体労働からなるものらしい。
初めて我が家へ来た時、映画にも出てくる愛犬のクロを伴って現れた。『工事現場から直接来たので足、
クサイっすよー』と言っていた。 『いいよ、気にしなくても』とは言ったが、安全靴を脱いで上がり込んできた
北田の足の匂いはこの世のもの とは思えぬ程、強烈な臭さだった。普通ならたちまち不愉快になるところだが、
不思議と彼の人柄か、その臭 さにも好感が持てた?気がする。
その彼が、『イヌ』以前に撮った作品が3本ある。
その中の一本、彼が19歳の時の作品『白人と黒人』がもの凄い。
彼は処女作の8ミリ映画が日本映像フェスティバルの優秀賞に選ばれ、それをきっかけに個人的なスポンサーが
ついたらしい。予算800万円の出資金の元、近未来暴力長編映画を撮ることになるが、クランクイン直前で様々な
アクシデントに見舞われ、空中分解したらしい。映画の世界ではよくあることだ。
いや、 映画以外でもよくあることだ!
しかし、もう押さえてあるスタジオやレンタル機材等の諸費用は撮影するしないにかかわらず払わなくてはなら
ない。その費用は約300万円。それならばと彼のもとに残った数人のスタッフを総動員して何かを撮らない手はない。
タイムリミットはたったの2日間。 脚本もキャストもロケ地もテーマすら何も決まっていない。
そんな切羽詰った状況の中で撮ったのが『白人と黒人』だ。
企画原案からクランクアップまでたったの48時間。そう聞かされていた俺は、そのタイトルからアバンギャルドな
切れ味の鋭い刃物のような作品をイメージし、手渡されたVHSをデッキに挿入する時の気分はこれから 自爆テロに
向かう奴のテンションになっていた。作品が始まる・・・。
これは一体何? 中学生の仲良しグループが文化祭に出すためにちょっと頑張って撮りました的なこのノリは何?
全てが中途半端、笑えない、勿論泣けない。 ただただかっこ悪い。彼はこの作品を結果的に300万円出資したスポ
ンサーに提出したらしい。するとスポンサーは後日、個人的に北田を呼び出し、約40分間、 無抵抗の北田を殴る
蹴ると、散々ドつき回したらしい。そのスポンサーの気持ちも良く分かる。300万出して コレじゃ、浮かばれない。
この作品の後、彼のスタッフは全て彼から離れ、音信不通になり、独りぼっちになった北田は茨城の海に行き一人
砂浜で号泣していたらしい。(湘南じゃなく茨城の海というのが北田らしく て笑えるが)
ところが、北田はこの映画を通じて、若干19歳にして実践で映画作りのノウハウを体得していたのだ。
アッパレである。しかも、大胆にもこの映画を持って、某映画館の支配人に上映してくれと掛け合いに行ったらしい。
いずれにせよ、この時の経験がなければ続く『風景映画』そして『イヌ』を作り上げることはなかっただろう。
『白人と黒人』をもう一度見ると、作品の善し悪しは別にしても、彼の人柄が良く出ている。
彼は2日のタイムリミットで何を撮るか?という状況になった時『白人と黒人』を撮ったのだ。
頭が空っぽの混乱パニックの 状態でこれを撮ったのだ。絶望的ともいえる勝ち目のない勝負の中、こんな牧歌的とも
いえる作品を撮った監督の人柄がいとおしい。
もし、あなたが彼と同じような状況に陥って、2日で何かを撮らなければならないとしたら・・・。
あなたなら何を撮りますか?
アップライジング 中野貴之
『イヌ』公開に合わせてのコメント(2002)
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