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口当たりのイイモノが氾濫する“今”
『イヌ』を観た時の居心地悪さは異次元だった。
表現力も語り口も極端に雑で、極端に居心地悪い。
映画になっていない、と言ってもいい。
ただ、ホコロビだらけの画面から、作り手の熱い“志”だけは垣間見える。
しかも、35ミリでの挑戦とは…恐れ知らずメ

 
山本政志(映画監督)
 
 

こんな形で権力を打つ手法もあるのですぞ。
永い年月をかけて、これ程実験的精神を欠かさず、やり続けることは…。
希有な作家の誕生だ!

   

         渡辺文樹(映画監督)

   
みんな死んでしまえ!
     
  映画という偽善文化に愛を込めて。
     私たち人間という偽善生物に捧げる。
 
       
  解説
人間に虐待されボロボロの姿になった一匹の老犬。その存在を雑誌で知りインスパイアされた監督は
この解説の横にINTRODUCTION『やるなら今しかない』スキャン写真
人間に対する怒りと悲しみのあらゆる情念をぶちまける為に自らムービーカメラを担いで撮影された
2003年度劇場公開の35ミリ長編作品。主演のイヌを演じるのは監督の愛犬、クロ。
制作費2000万のほぼ全てを監督自身による借金と肉体労働を注ぎ込み、完成まで8年の歳月を費やして
いる。 白黒画面から始まる前半戦に対して、中盤からの特殊カラーは完成されたFILMをネガにして
もう一度焼き直すという映画界では御法度のオリジナル手法を行った。その実験映像において見事に
「地獄の楽園に蠢く異端者」の世界を表現している。ただし、この作品は劇薬につき、生半可な映画
ファンは相当な覚悟を持ってスクリーンに立ち向かわないと終映後、自分を見失うことになりかねない
ので、ご忠告を申し上げます。
 
 
 
 

 

 

 
  ストーリー 人間という不可思議な生命体に翻弄され、さすらいの果てに交通事故に巻き込まれて
ひっそりと死んでしまった一匹の犬。彼は悪魔の導きにより、傲慢な人間どもを血祭り
に上げるために、やがてカカシとして蘇る。その旅の途中、心優しい純朴な孤児との出
会いにより、少しづつ生きる苦痛を克服してゆくのだったが、化け物の姿をした異端は
いつの世にも抹殺される運命にあった。
 
 
 
     
   

 

 

映画とは、芸術であり娯楽であり文化であり記録であり嘘デタラメであり
マスターベーションであり夢であり現実であり商売であり美と汚れである。
…ほんの2時間たらずの現実逃避?

人生とは、悲しみであり喜びであり怒りであり笑いであり理性と本能であり
希望であり喪失であり闘いであり呪いであり美しさと憎悪の繰り返しである。
…ほんの死ぬまでの時間潰しなのか?

これって、日本映画?

 
   

CAST
イヌ          クロ
片足のハスキー老犬   JHON
カカシ&モンスター   小泉重信
カメラマン&ロボット  工藤昭広
博士&犬を売る浮浪者  井手泉
オカマ         シベリア文太
犬を轢き殺した男女   香川章
            高倉亜紀子
犬を捨てる男女     村井美波子
            小泉重信
変態夫婦        大島和夫
            グレース
モヒカン男       大川光康
その彼女        高倉亜紀子
SM男          松田一郎
ユンボ男        大塚旭
警官          前田進一
死姦される女      今井ルミ
ケチなブローカー    長谷川一夫
強盗犯         藤井浩治
            尾崎五雄
            西俣明彦
肉体労働者       井上功
死体を発見する子供   青木友太
逃げ惑う人々      王建新 
            松岡周作
            山野敏之
            吉田陽子 
            大河原明子 
            杉山高広
            中本トシユキ
            宮原奈緒美
            後藤順子
女子高生&主婦     佐藤英里子
変態逃亡犯       北田直俊
カカシ(悪魔の声)    ピエール
乞食の少年       大塚佳寿季

STAFF

製作·原案·脚本
撮影·照明·録音
記録·編集·車両     北田直俊
美術·衣装·造形
交渉·監督
     
撮影協力        佐藤英里子
プロデュース      吉田陽子
             中野貴之
音楽          坂本弘道
             肉自動車
劇中挿入歌       火取ゆき
整音          鈴木昭彦
監督助手        付国江
作品協力        宝槻文則
             松岡周作
             荒井充
             竹平時夫
spe,thanks        宮川祐美子
             竹田京子
             今井ルミ
             郷友子
             小林則子
             井上みゆき
タイミング       安斉公一
ネガ編集        文字康子
リーレコ        日本映画新社
機材協力        イメージプロデュース
現像          東映化学工業株式会社
製作·宣伝        KITADA CINEMA
配給協力        シネマ下北沢
             シネマンブレイン
             アメリカンヴィスタサイズ/35ミリ(全7巻)/1994~2002/
             日本映画/カラー·白黒·特殊カラー/100分

       
   
   
   
   
   
   
       

 

 
 

コメント

 監督の北田直俊は、高校時代に二千本の映画を看破したという。彼は卒業後(正確には卒業直前に自ら学校を
飛び出す)の十余年に、様々の職業を経つつ、精力的に8ミリ、16ミリ作品の習作を重ねた。青春期、映画に惑溺
し、創作を夢想するものは数多いが、精力的、肉体的エネルギーを持続させ、実現するものは希である。
にもかかわらず、殊に邦画を巡る状況の困難な今日、北田が弱冠三十歳にして、劇場公開を前提としたこの35ミ
リ作品の、監督、脚本、撮影から資金調達までの全てを、独力で成し遂げたことは、まさに壮挙であると言うほ
かはない。

 一個人にとって決して軽くない責務を負い、8年の歳月を掛けて完成した本作で、彼が問うものは何か?

 それは我々が意識的、無意識的に目を逸らしている、我々自身の姿である。

 日々、テレビは軽快な音楽と溢れる笑顔で間断なく新車の購入を歓奨している。かの車を買いさえすれば、夢
のような恋や家庭の団欒がもれなく付いてくるかのようである。しかしながら、自動車によって、我が国だけで
も毎年確実に一万に近い人命が奪われている事実をCMが伝えることはない。この殺人はやむを得ぬといったニュ
アンスを漂わせ、むしろ「事故」の名で処理され、加害者に課せられる刑罰は刃物などによるそれと比して軽い。
犠牲が飼い犬ならば、いくばくかの金銭がやり取りされて終わる。では飼い主のいない犬ならば…死そのも
もが存在しなかったかのように扱われるだろう。それは生が存在しなかったことと同義である。

 開巻、捨て犬を運ぶ産業廃棄物処理車は暗示的である。 大量生産、大量消費のシステムが必然的に生み出す
膨大なゴミは、消え去るのではない。多くはただ人目につかない所へと移動されるのみである。そうして我々は
「清潔な」環境を手に入れたと考える。「見えない(見ない)もの」は存在しないことにするという暗黙の了解が
垣間見える。(同様にある種の病者、弱者、例外者もそれぞれの施設に収容することで「健全な」社会を確保した
とする)

 作中、捨て犬やその化身を救うのは、強盗犯であり、少女の亡霊であり、乞食の少年、即ち例外者である。
一見「善良な」「普通の」人々は捨て犬、及び例外者にただ「存在しないこと」を望む。自分の庭の内さえ平穏
であれば、塀の向こうで誰が傷つき、飢え苦しんでいようと関知しない。これが我々のありのままの姿であろう。
我々は「見えない(見ない)ものは存在しない」、「無価値な(と見なすものは存在しない)」かのように扱うとい
う思想に形作った社会を容認し、構成している。

 たった今も、アスファルトの上に小さく丸まったあるいは四散した毛の塊をちらと眺めては往き過ぎる無数の
乾いた瞳があるだろう。簡易な哀悼と瞬間の忘却は、「高度に発達した文明の快適な移動手段」の恩恵を享受す
るための必須条件である。

 北田直俊は敢えて、路傍のもの言わぬ断片、「存在しなかった犬」を我々の眼前に疾駆させて見せた。
世にどれほどの虚偽と悪意と無関心が隠されているかを微かにも知る臭覚の持ち主は、怒りと悲しみに満ちた
本作の放つ鮮烈なイメージに感応することができる。

                                  (映像評論家·平井正樹)

 

 

 北田直俊と言う男が『イヌ』という素晴らしい映画をたった一人で完成させた。
しかし、彼の周りの知人たちは「35ミリの第1作がこれでは、失敗だったね」という意見が大半を占めた。
どういうことかというと、まずデビュー作は万人に分かりやすく、笑えて泣けて、かっこいい、
そんな映画を撮るべきだったという。そして世間に受け入れられてから、こういう『イヌ』のような
映画を撮るべきだったという。

 そういう戦略も時として必要だ。だが彼は最初の初期衝動だけを頼りに8年もそれを持続させ、
完成にこぎつけた。そこには戦略も何もない。あるのは初期衝動の完結のみ。
すばらしいことだ!

                               (アップライジング   中野貴之)

                            『イヌ』公開に合わせてのコメント(2002)

 
 
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